幼少期から度重なる中耳炎になりました。

幼少期から中耳炎に
幼少期に中耳炎になった経験がある人も多いと思います。

風邪をひいたときや、水遊びで耳に水が入ってなかなか出てこなかった時など。

しかし、私の場合、一番記憶に残っているのが、風船を膨らまそうと、思いっきり吹いたとき、必ずと言っていいほど、耳の後ろ下が痛くなり、数日後に耳垂れがでて中耳炎になるパターンでした。

風船を膨らますのを止めればよかったのですが・・・

幼少期でもあり、風船をふくらますのが、耳への負担になる!など全くわかっていません。
親にも、風船を膨らまして、耳が痛くなったとは全く言っていなかったと思います。

そのほかには、小学校のプールの時に、耳に水が入ってなかなか出てこなかったりで、やっぱり数日後に、耳の後ろが痛くなり、耳垂れがでて中耳炎で、病院に行っていた記憶があります。

今に思うと、もともと耳は弱かったのかもしれません。

病院に行って診察してもらい、数週間通院すると治る。を繰り返していたと思います。
それでも年に1~2回ぐらいだったと思います。

その時は、まだ鼓膜に穴が空いたままの状態ではなく、耳垂れが止まると、ふさがっていたと思います。
中耳炎が治ると、聴力ももどり、特に不自由さはありませんでした。

慢性中耳炎から鼓膜穿孔

しかし、15歳のときに、また中耳炎になりました。
いつものように、家から近くの耳鼻科に通院しました。個人で開業されている耳鼻科です。

当時の治療方法は、現在のように点耳薬などはなく、耳の中の耳垂れをきれいに掃除して、ガーゼに付けた薬を押込み、その上から脱脂綿でフタをする。そんな感じでした。

自宅に帰ってからや、夜、寝ているときに耳垂れがでてきた場合、その脱脂綿だけを自分で変えるを続けていたように思います。

いつもなら、1週間程度で耳垂れがおさまってきていたのですが、その時は、なかなか止まりませんでした。

耳垂れも、だんだん色が濃くなり、悪臭もでてきていました。
先生も、「なかなか止まらないね~。少し強い薬に変えてみようか。」という感じで、しばらく通院しましたが、ずっと耳垂れは止まりませんでした。

先生も手のほどこしようがない感じ見えました。

私の親が、心配になり、いろいろ調べてくれました。

そして、となりの市にある総合病院の耳鼻科に有名な先生がおられるということで、そちらに通院することになります。



カテゴリ:自身の中耳炎の歴史

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